暦Wiki
垂揺球儀†
- 垂揺球儀は振り子時計の1種です (寛政暦書巻19 / 巻23)。
- 振り子の往復する回数を自動的に計測します。振り子の等時性により振り子の周期は一定ですから、往復回数がわかれば時間もわかることになります。
- 寛政の改暦ごろから幕末まで使われていました。天文方のものではありませんが、伊能忠敬記念館 (香取市 ) などに現存しています。
- 寛政暦書巻23には、寛政の初めに麻田剛立が垂揺球儀を発明したとありますが、
- 重富の息子である間重新は先考大業先生事迹略記 (大阪市立図書館 ) の中で、間重富が儀象志などから垂球の原理を理解し、機巧輪車を用いた装置を発明、垂揺球儀と名づけたと述べています。
- 星学手簡にも間重富が垂揺球儀等さまざまな装置の改良に苦心していたことが書かれています。
- なお、実際にこれらの機器を製作していたのは戸田東三郎という京都の金工です。
仕組み†
- 1つ目の指示板は振り子が往復するごとに1目盛り進み、1周で100目盛りまで数えられます。
- 振り子の動きを促球機で受け、その往復にあわせて10個の鋸歯を持つ爪輪が回転します。これにより振り子10往復で爪輪は1回転します。
- 爪輪には6つの歯を持つ歯車がついており、これを第三輪の60歯で受けます。これにより爪輪10回転で第三輪は1回転します。
- 1つ目の指示板の針は第三輪につながっており、結局振り子100往復で1回転します。
- 2つ目の指示板は1つ目の指示板が1周するごとに1目盛り進み、1周で10目盛りまで数えられます。
- 第三輪には6つの歯を持つ歯車がついており、これを第二輪の60歯で受けます。これにより第三輪10回転で第二輪は1回転します。
- 2つ目の指示板の針は第二輪につながっており、結局振り子1000往復で1回転します。
- 3つ目の指示板は2つ目の指示板が1周するごとに1目盛り進み、1周で10目盛りまで数えられます。
- 第二輪には8つの歯を持つ歯車がついており、これを最下輪の80歯で受けます。これにより第二輪10回転で最下輪は1回転します。
- 3つ目の指示板の針は最下輪につながっており、結局振り子10000往復で1回転します。
- なお、最下輪には錘がついており、これが歯車を回し、振り子の動きを止めない動力となっています。
- さらに数字だけを表示する窓が2つありそれぞれ10個の目盛りあるので、合計して100×10×10×10×10=100万目盛り=振り子100万往復を数えられます。
- もちろん歯車の比や振り子の長さを変えればいわゆる時計としても使えますが、垂揺球儀はあえて純粋に振り子の往復する数を数える装置です。
大輪垂揺球儀†
- 大輪垂揺球儀は間重富の息子である間重新が文政年間に発明したものです。
- 大輪垂揺球儀では歯数の多い大きな歯車を使って仕組みを簡略化しています。
- 爪輪の鋸歯は100個で、これにより振り子100往復で爪輪は1回転します。1つ目の指示板の針は爪輪につながっており、結局振り子100往復で1回転します。
- 爪輪には6つの歯を持つ歯車がついており、これを大輪の600歯で受けます。これにより爪輪100回転で大輪は1回転します。2つ目の指示板の針は大輪につながっており、結局振り子10000往復で1回転します。
- さらに数字だけを表示する窓が1つあり、合計して100×100×10=10万目盛り=振り子10万往復を数えられます。
使用例†
- 霊憲候簿によれば、天保九年(1838)11月2日 太陽南中球行 857,908半、太陽一周球行 59,698半とあります。
- 太陽南中球行は太陽が南中したときに垂揺球儀が示す値、太陽一周球行は前日南中時からの増加量です。
- 個体差はありますが概ね1日≈86,400秒に6万目盛り進みますから、1往復=1目盛りはおよそ1.4秒、半往復まで数えれば0.7秒くらいまで数えられることになります。
- 現象の時刻は太陽南中球行から比例配分して求めます。
- その地点での太陽の南中を基準としますから、地方視時の時刻系となります。
- 用時=(現象時の値−太陽南中球行)÷(太陽一周球行)×24[時]。1時間=60分=3600秒で換算しています。
- 天保十年2月15日の場合、太陽南中球行=884005、太陽1周球行=59645.5、火星南中球行=910479.5ですので、用時=(910479.5−884005)÷59645.5×24=10時39分10秒となります。
- 12時を加えて子正後すなわち子の正刻=正子=真夜中からの経過時間にすると、火星南中用時は子正後22時39分10秒となります。
- 1日=100刻=1万分で換算した、子正後分数も使われます。
- 子正後分数=(現象時の値−子正太陽球行)÷(太陽一周球行)×10000[分]=(現象時の値−太陽南中球行+0.5)÷(太陽一周球行)×10000[分]
- なお、子正太陽球行は正子に垂揺球儀が示す値で、前後の太陽南中球行の中間値となります。
- しかし、霊憲候簿の太陽南中球行ならびに太陽一周球行の値には一見して大きな変動があることが見てとれます (下表)。
- 南中によって決まる時刻は視太陽時ですから、季節によって変動します。しかし、このくらい短い間なら大きくは変動しません。
- 恒星一周球行の記録を見ると59535〜59547くらいですから、実際には±6目盛り≈数秒程度の精度はあるはずです。
- 平均からのズレは大きく見積もっても±60目盛り≈±1.5分程度のようですので、太陽の視半径 (角度で約15′、時間にして約1分) の分だけ不正確になっていると推察されます。
- 太陽南中球行の誤差は現象の時刻にも影響を及ぼしますから、これでは垂揺球儀の精度を十分に活かしきれていないことになります。
- 太陽視径球行も記録されるようになった巻50(天保十四年)以降を確認すると、この点が大きく改善されていることがわかります。
- 天保9年の例
日付 | グレゴリオ暦 | 南中球行 | 一周球行 | ズレ | 南中時[h] | 南中間隔[s] |
11月02日 | 1838/12/18 | 857908.5 | | | 11.6275 | |
11月03日 | 1838/12/19 | 917789.0 | 59880.5 | 136.4 | 11.6357 | 86429.52 |
11月04日 | 1838/12/20 | 977583.5 | 59794.5 | 50.4 | 11.6440 | 86429.88 |
11月05日 | 1838/12/21 | 37309.0 | 59725.5 | -18.6 | 11.6524 | 86430.24 |
11月06日 | 1838/12/22 | 不測 | 11.6607 | 86429.88 |
11月07日 | 1838/12/23 | 156735.0 | | | 11.6691 | 86430.24 |
11月08日 | 1838/12/24 | 216434.5 | 59699.5 | -44.6 | 11.6774 | 86429.88 |
11月09日 | 1838/12/25 | 276142.0 | 59707.5 | -36.6 | 11.6857 | 86429.88 |
11月10日 | 1838/12/26 | 335896.5 | 59754.5 | 10.4 | 11.6940 | 86429.88 |
11月11日 | 1838/12/27 | 395600.5 | 59704.0 | -40.1 | 11.7023 | 86429.88 |
11月12日 | 1838/12/28 | 不測 | 11.7105 | 86429.52 |
11月13日 | 1838/12/29 | 515021.0 | | | 11.7187 | 86429.52 |
11月14日 | 1838/12/30 | 574766.5 | 59745.5 | 1.4 | 11.7268 | 86429.16 |
11月15日 | 1838/12/31 | 不測 | 11.7348 | 86428.80 |
11月16日 | 1839/01/01 | 694221.5 | | | 11.7428 | 86428.80 |
11月17日 | 1839/01/02 | 753906.5 | 59685.0 | -59.1 | 11.7507 | 86428.44 |
日付 | グレゴリオ暦 | 南中球行 | 一周球行 | ズレ | 視径球行 |
正月01日 | 1843/01/30 | 301467.5 | | | 96.0 |
正月02日 | 1843/01/31 | 362110.0 | 60642.5 | 9.2 | |
正月03日 | 1843/02/01 | 422745.0 | 60635.0 | 1.7 | 98.0 |
正月04日 | 1843/02/02 | 483378.5 | 60633.5 | 0.2 | 95.5 |
正月05日 | 1843/02/03 | 不測 | |
正月06日 | 1843/02/04 | 不測 | |
正月07日 | 1843/02/05 | 不測 | |
正月08日 | 1843/02/06 | 687659.5 | | | 94.0 |
正月09日 | 1843/02/07 | 748287.5 | 60628.0 | -5.3 | 94.5 |
正月10日 | 1843/02/08 | 808931.0 | 60643.5 | 10.2 | 97.5 |
正月11日 | 1843/02/09 | 869565.5 | 60634.5 | 1.2 | |
正月12日 | 1843/02/10 | 不測 | |
正月13日 | 1843/02/11 | 990831.0 | | | |
正月14日 | 1843/02/12 | 51458.5 | 60627.5 | -5.8 | 92.0 |
正月15日 | 1843/02/13 | 112091.0 | 60632.5 | -0.8 | 94.0 |
正月16日 | 1843/02/14 | 151846.0 | | | 95.0 |
正月17日 | 1843/02/15 | 212469.0 | 60623.0 | -10.3 | 95.5 |
関連ページ†
Last-modified: 2019-02-27 (水) 15:12:03