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グレゴリオ暦 (Gregorian Calendar)†
- 1582年2月24日、ローマ教皇グレゴリオ13世により導入された太陽暦。
- 日付を修正しました。
- 1582年10月4日(木)の翌日を、1582年10月15日(金)とし、ユリウス暦で入れ過ぎたうるう年の分だけ日付を飛ばしました。
- ただし、ユリウス暦導入時ではなく、春分の日を3月21日と定めた西暦325年の二ケア宗教会議の時代に合わせています。
- 曜日は問題ないのでそのまま連続させています。
- うるう年の挿入ルールを変更しました。
うるう年 | 平年 |
1600年 | 1700年、1800年、1900年 |
2000年 | 2100年、2200年、2300年 |
- 400年で97回のうるう年があるので、
- 合計日数は365×400+97日。
これは7の倍数なので、400年後の同月同日は同じ曜日になります。
- 1年の長さの平均値は400で割って、365.2425日。ユリウス暦に比べ、1太陽年との差はかなり縮まりました。
- 単純に計算すれば、1日の誤差が生じるまで、3000年以上かかることになります。
- 近年では春分と春分の間隔が1太陽年より少し長いことをふまえると、春分の時刻に1日の誤差が生じるには、さらに数千年もかかります。
- ちなみに、グレゴリオ改暦で参照されたアルフォンソ天文表は1年を365日5時間49分16秒としていましたから、1日の誤差が生じるには20,000年以上かかるという計算になります*1。
グレゴリオ暦の受容†
- カトリックとプロテスタントの対立などもあり、グレゴリオ暦は1582年に一斉導入されたわけではありません。
- 導入時期は国や州ごとに異なりますので、日付の比較には注意が必要です。
- イギリスでは1752年9月2日(水)の翌日を1752年9月14日(木)とする形で導入されました (英国国立公文書館 )。
- 1700年にもう1日ずれたので、11日除く必要があります。1752年はうるう年で、9月から11日除かれましたから、合計355日となりました。
- 同法により、年初も3月25日*2から1月1日に変更されました。これにより、1751年は3月25日に始まって12月31日に終わり、合計282日となりました。
- 東方正教会諸国ではさらに導入は遅れます。
- ロシア(当時はソビエト連邦)では1918年のロシア革命時に導入されました。
- 国家としてはグレゴリオ暦でも、東方正教会では現在でもユリウス暦ないし修正ユリウス暦が使われています。
日本の場合†
- 日本では明治6年(1873)から太陽暦が採用されています。
- うるう年の挿入ルールは明治31年勅令第90号 (法令データ提供システム ) において、「神武天皇即位紀元年数ノ四ヲ以テ整除シ得ヘキ年ヲ閏年トス 但シ紀元年数ヨリ 六百六十ヲ減シテ百ヲ以テ整除シ得ヘキモノノ中更ニ四ヲ以テ商ヲ整除シ得サル年ハ平年トス」と定められています。
- 少々複雑な書きぶりですが、神武天皇即位紀元年数=西暦+660ですので、内容的にはグレゴリオ暦のルールとまったく同じです。
Proleptic Gregorian Calendar†
- 統一的に日付を表現する場合、1582年10月4日まではユリウス暦、以降はグレゴリオ暦を用いるのが一般的です。
- グレゴリオ暦導入以前についても、グレゴリオ暦にならって日付を遡ることがあります。
- この、グレゴリオ暦の規則に従い、機械的に日付を遡った暦をProleptic Gregorian Calendarといいます。
- ユリウス暦の規則で遡るのに比べ、季節のズレが小さく済みます。
- 時の記念日や神武天皇即位紀元のようなグレゴリオ暦換算はその一例といえるでしょう。
関連ページ†
Last-modified: 2022-12-08 (木) 15:02:29