2014年は1月と3月に2回ずつ朔 (新月) がある一方,2月には朔がない.それ自体はとくに珍しいことではなく1,19太陽年が235朔望月にほぼ等しい2ことをふまえれば,前回が1995年,次回は2033年というのも容易に理解できるだろう.これは,月の満ち欠けをもとにする太陰太陽暦と太陽暦の関係が19年でほぼ元に戻るということと同義であるが,次回2033年にはその関係にちょっとした問題が生じることが知られている.
わが国ではさまざまな文化や慣習が太陰太陽暦に端を発しており,今でも旧暦という呼び方でそれは生き残っている.なお,旧暦とは,厳密には太陰太陽暦の中でもとくに天保暦3のことを指すのだが,既に廃止され,その手順どおりに推算・公表する機関もないため,通常は現代天文学による朔や二十四節気の情報を元に構築しているというのが実態のようである.具体的には,朔を含む日を各月の1日とし,二十四節気のうち雨水・春分など偶数番目のもの=中気を用いて,正月中である雨水を含む月は1月,二月中である春分を含む月は2月のように定めればよい.
ここで,二十四節気について復習しよう.二十四節気は太陽の視黄経が15度の倍数になる瞬間をもって定義されるが,この決め方は定気法 (実気法) と呼ばれ,天保暦から導入されたものである.それ以前は,1年の長さを24等分して二十四節気を定めていた.このような方法を平気法 (恒気法/常気法) という.
平気法では中気と中気の間隔は一定で,1年の長さ÷12≈約30.4日である.朔から朔までの間隔はおよそ29.3〜29.8日の間で変化するが,必ず中気の間隔の方が長い.したがって,基本的には各月に中気が1個ずつ入り,時折生じる中気のない月が閏月となる.
地球が常に一定速度で運動していれば平気法でも定気法でも結果は変らない.しかし,実際には地球が近日点を通る頃=冬4には速く動く5ので中気の間隔は短くなり,反対に遠日点を通る頃=夏には遅く動くので中気の間隔は長くなってしまう.その変動幅はおよそ29.5〜31.5日であり,とくに間隔が短くなる冬には,旧暦のひと月の間に中気が2つ入りそれが何月か決まらなくなる事態も起こりうる.このため天保暦では,冬至を含む月は11月,春分を含む月は2月,夏至を含む月は5月,秋分を含む月は8月となるように調整するというルールが加えられた6.
以上の説明だけではわかりにくいと思うので具体例を示そう.まず,2014年では各月に1つずつ中気が入り,10月24日からの月だけ中気が入らないので閏9月となる.
朔 | 中気 | 旧暦月 |
---|---|---|
2014/01/01 | 大寒(十二月中, 1/20) | 12月 |
2014/01/31 | 雨水( 正月中, 2/19) | 1月 |
2014/03/01 | 春分( 二月中, 3/21) | 2月 |
2014/03/31 | 穀雨( 三月中, 4/20) | 3月 |
2014/04/29 | 小満( 四月中, 5/21) | 4月 |
2014/05/29 | 夏至( 五月中, 6/21) | 5月 |
2014/06/27 | 大暑( 六月中, 7/23) | 6月 |
朔 | 中気 | 旧暦月 |
---|---|---|
2014/07/27 | 処暑( 七月中, 8/23) | 7月 |
2014/08/25 | 秋分( 八月中, 9/23) | 8月 |
2014/09/24 | 霜降( 九月中, 10/23) | 9月 |
2014/10/24 | 閏 9月 | |
2014/11/22 | 小雪( 十月中, 11/22) | 10月 |
2014/12/22 | 冬至(十一月中, 12/22) | 11月 |
2015/01/20 | 大寒(十二月中, 1/20) | 12月 |
次に示すのは1984年の例であるが,12月22日からの月に冬至と大寒の2つが入っている.この月は冬至を含むので11月となり,次の月は雨水を含むが12月に,その次は中気を含まないが1月になる.そして,残った中気を含まない月が閏10月となる.
朔 | 中気1 | 中気2 | 旧暦月 |
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1984/08/27 | 秋分( 9/23) | 8月 | |
1984/09/25 | 霜降(10/23) | 9月 | |
1984/10/24 | 小雪(11/22) | 10月 | |
1984/11/23 | 閏10月 | ||
1984/12/22 | 冬至(12/22) | 大寒( 1/20) | 11月 |
1985/01/21 | 雨水( 2/19) | 12月 | |
1985/02/20 | 1月 | ||
1985/03/21 | 春分( 3/21) | 2月 |
では肝心の2033年はどうか.下表のように,中気の2つ入る月が2つ,中気の入らない月が3つも存在しているのである.天保暦のルールによれば9月23日からの月は秋分を含むため8月,11月22日からの月は冬至を含むため11月ということになるが,その間に9月と10月を入れようにも,10月23日からの月しかないため不可能であり,旧暦が決まらないことになる.これが旧暦2033年問題であり,天保暦導入後初めて起こる事態である.
朔 | 中気1 | 中気2 | 案1 | 案2 | 案3 |
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2033/07/26 | 処暑( 8/23) | 7月 | 7月 | 7月 | |
2033/08/25 | 8月 | 閏 7月 | 8月 | ||
2033/09/23 | 秋分( 9/23) | 9月 | 8月 | 9月 | |
2033/10/23 | 霜降(10/23) | 10月 | 9月 | 10月 | |
2033/11/22 | 小雪(11/22) | 冬至(12/21) | 11月 | 10月 | 11月 |
2033/12/22 | 閏11月 | 11月 | 12月 | ||
2034/01/20 | 大寒( 1/20) | 雨水( 2/18) | 12月 | 12月 | 1月 |
2034/02/19 | 1月 | 1月 | 閏 1月 | ||
2034/03/20 | 春分( 3/20) | 2月 | 2月 | 2月 |
これを回避するにはいくつかの案が考えられる.冬至と秋分の両方の条件を満たすことは出来ないので,まずは冬至を優先するか (案1),秋分を優先するか (案2) を選ばなくてはならない.また,冬至を優先した場合も,大寒と雨水に順位付けはないので,案3のような並べ方も可能だ.
ところで,天保暦よりも先に定気法を採用した中国の時憲暦ではどのようになっているのだろう.じつは,冬至を含む月から次に冬至を含む月までに13か月ある場合に,中気が入らない最初の月を閏月とする,と定められているだけなのだそうだ7.極めてシンプルであり,これなら案1で確定する.むしろ天保暦のルールが過剰なのがいけないというわけだ.だからといって,すべて時憲暦ルールに合わせればよいということにはならないだろうが,古来,中国や日本の暦法では冬至を定めることが出発点だったことをふまえれば,冬至を優先するのは妥当な判断なのかもしれない.
旧暦は既に廃止されており,公的機関がどの案を採用するか決定することはないだろう.皆さんならどれがお好みだろうか.ちなみに中秋の名月は,案1の場合は9月8日,案2の場合は10月7日ということになる.2014年の中秋の名月も9月8日なので,案1のように冬至を優先しても,そのせいで中秋の名月が早くなりすぎるということはない.
1) 望のケースであるが,平成22年版暦象年表トピックス「月の満ち欠け:朔望」を参照.→本文(1)に戻る
2) 1章あるいはメトン周期という.→本文(2)に戻る
3) 天保十五年=弘化元年より用いられた,江戸幕府最後の暦法.→本文(3)に戻る
4) 近日点通過がどの季節になるかは,長期的には,歳差と近日点の移動により約21,000年の周期で一巡する.→本文(4)に戻る
6) 新法暦書続録 巻四「・・・二至二分必各在其本月・・・」 (p.138を参照のこと)→本文(6)に戻る
暦象年表2014より